パリの街角散歩です。カタツムリのようにゆっくりと迂回しながら、そして時間と空間をさまよいながら歩き回ります。


2015年12月23日水曜日

散歩R(12-5) 名優タルマの館 Hôtel de Talma, célèbre acteur(9区サン=ジョルジュ地区)

☆ラ・トゥール・デ・ダム通り9番地 (9, rue de la Tour des Dames, 9e)  
《名優タルマの館》(Hôtel Talma)
PA00088919  © Monuments historiques, 1992 

« Hôtel Talma », 9 rue de la Tour des Dames, 9e
By MOSSOT (Own work) CC BY 3.0,
via Wikimedia Commons
この館は1820年に当時の著名な俳優フランソワ=ジョゼフ・タルマ(François-Joseph Talma, 1763-1826)のために建てられた。彼はここで晩年の6年間を過ごし63歳で世を去った。タルマは、18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍した演劇界を代表する名優であった。この家の内装はドラクロワに依頼された。

ドラクロワはタルマの舞台衣装姿の肖像画も描いている。(↓)ラシーヌの悲劇『ブリタニキュス』の中のローマ皇帝ネロの役の姿である。
Eugène Delacroix : Talma au rôle de Néron
dans Britannicus, tragédie de Jean Racine
Collection de la Comédie Française,
via Wikimedia Commons






タルマは舞台衣装の改革に取り組み、それまで普通の衣服を着ていた古代ギリシア・ローマ時代を背景とした劇作品の演技において、できるだけその時代の衣装を、つまりトーガと呼ばれる長衣や編上げの草履(←絵参照)を身に着けることを推し進めた。

さらに古典主義の古臭く大げさに誇張された朗唱法を改革し、詩句の語り口の自然な節回しを心がけた。

彼の朗々とした発声と堂々とした演技は、身体的にも皇帝ナポレオンに似通っていたのは確かだったようで、ナポレオン自身もかタルマを贔屓とし、遠征先まで劇団を呼び寄せて上演させたこともあった。

Hamlet, tragédie de Jean-François Ducis :
Talma (Hamlet) et Joséphine Duchesnois (Gertrude)
Paris : Comédie-Française, 23-05-1807
Paris, Bibliothèque nationale de France (BnF)



(→)右掲は、『ハムレット』を演じるタルマとその相手役(ハムレットの母親ゲルトルード)を演じるジョゼフィーヌ・デュシェノワの舞台絵で、1807年5月23日のコメディ・フランセーズでの公演である。この時代のフランスでは、シェークスピアの戯曲はフランス語に忠実に翻訳するのではなく、劇の大筋だけを残して、フランス人劇作家がフランス語の韻文の台詞を新しく書き下ろして上演する形が定着しており、フランスの観客にはそうしなければ受け入れるのが難しかったのだと思われる。この『ハムレット』もそうで、ジャン=フランソワ・デュシ(Jean-François Ducis, 1733-1816)という劇作家が他にも『ロメオとジュリエット』、『リア王』、『マクベス』、『オセロ』などを翻案して作っている。

王政復古となって、輝かしかったタルマの地位にも陰りが出たが、1820年この館に移り住んだ以降でも、新たな作品に取り組む姿勢は変わらず、『マリー・スチュアート』、『シャルル6世』などで新たな喝采を博した。しかし、その最後の成功の数日後にタルマは死去した。

アレクサンドル・デュマは、タルマを非常に尊敬し、未整理のまま残された彼の自伝や覚書を編集し、自ら長大な序文を付けて出版している。(CVP, DNR, LAI)