《ギュスターヴ・モロー美術館》Musée Gustave Moreau
PA00088994 © Monuments historiques, 1992
14番地の建物はギュスターヴ・モロー美術館である。19世紀後半に活躍したギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)は、独自の絵画世界を創り上げ、その幻想味あふれる作品は多くの人々を魅了した。比類のない想像力、構成力、描写力を持つ孤高の画家とも言える。
4階建ての個人住宅だが、政府機関の建築家だった彼の父親の好みに合った折衷的な装飾に特徴がある。3階の三角破風の窓の周囲は、珍しく赤煉瓦に取り囲まれている。両親がこの家を購入したのは1853年、モローが27歳の時で、すでに前年にサロンに初入選しており、父親はモローが画家としての道を歩むことを支援するために広いアトリエも確保できるこの家で一緒に暮らすことにしたのである。
モローはドラクロワに画家としての進路を相談したり、シャセリオに師事したりしたが、2人ともこのサン=ジョルジュ地区、別名《新アテネ地区》(ヌーヴェル・アテーヌ Nouvelle Athène)に住んでいた。
G.Moreau : Triomphe d'Alexandre le Grand Musée Gustave Moreau, Paris Crédit : Photo (C) RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda |
モローの描いた作品のほとんどは、神話や聖書および古代史の伝承を題材としたもので、均整の取れた男女の姿態の抑制された美しさに目を惹かれる。さらにその背景や群像の微細な箇所に至るまで装飾を施し、あるいは空間を埋め尽くす壮大な構築物の存在感は見る者を飽きさせない。
(→)右掲は『アレクサンドロス大王の凱旋』(Triomphe d'Alexandre le Grand)と題する大作で、美術館の3階に螺旋階段を上がったところに飾られていたと記憶する。インドまで大遠征をして王たちを屈服させたアレクサンドロス大王が須弥壇のような玉座に収まっている。このようにモローの作品には、東洋の佛教画あるいは曼荼羅に通じる宗教性、神秘性を感じることができる。
Portrait Paris, Musée Gustave Moreau Crédit : Photo (C) RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda |
身体が弱かったモローは、それでも若い頃は社交界に出入りしたり、近隣のカフェで若い画家たちと議論に加わることがあった。しかし次第に自宅に閉じこもるようになり、ごく少数の親しい友人、知人たちとの交友のみで、絵画の制作と読書と思索に多くの時間を傾けた。
彼は妻帯することはなかったが、長年密かに情を通わせたアレクサンドリヌ・デュルー(Alexandrine Dureux)という女性の存在が明らかとなった。(←)左掲は『肖像画』(Portrait)という単純な画題で「誰の」という表記が省かれたものだが、モローとしては非常に珍しい人物画である。風景画家のコローにも『真珠の髪飾りの女』という珍しい肖像画の名作があるが、それに匹敵する隠れた名作であると思う。このモデルは秘められた愛人のアレクサンドリヌではないかと思ってみたりしている。