(c) Google Map Streetview, 17, rue de La Rochefoucauld, 9e |
Maison des artistes
この17番地の建物は、18世紀の末頃に建てられた一見して他の建物と比べて何の変哲もない一般住居だが、多くの芸術家たちが代わるがわる住みついた家として知られる。いわば「芸術家の家」(Maison des artistes)である。
(1)《作曲家アレヴィの住居》
Ancienne demeure d'Halévy, compositeur
ジャック=フロマンタル・アレヴィ(Jacques-Fromental Halévy, 1799-1862)は、19世紀中頃に活躍したフランスのオペラ作曲家である。今では知名度が低い。40を超える作品のほとんどがオペラもしくは劇音楽だが、現代まで上演が続けられているのは、1835年、36歳の時に初演され、大成功を収めたオペラ「ユダヤの女」(La Juive)くらいであり、あとはほとんど忘れ去られている。(彼自身がユダヤ人家系であったため、第2次大戦のナチスによる弾圧で多くの芸術家が歴史から不当に抹殺されたことも原因の一つかもしれない。)
Décoration du 4e acte de Charles VI Document iconographique @BnF Gallica |
右掲(→)は、この時期の1843年にオペラ座で上演された「シャルル6世」の舞台装置画で、中世の百年戦争直前のフランス王家内の抗争を描いたスペクタクル歌劇だった。現在ではコンサート形式でしばしば一部が取り上げられている。
アレヴィの「ユダヤの女」(La juive)の中のアリア「ラシェルよ、神の恵みにより」(Rachel, quand du Seigneur) は、フランス歌劇の名曲アリアの一つとして今も広く取り上げられている。Youtube(↓)でドミンゴによる歌唱が見られるが、この演奏には前置きの叙唱部分も入っていて興味深い。
「ユダヤの女」(La juive) 1835
Plácido Domingo - Rachel, quand du Seigneur (1998)
https://www.youtube.com/watch?v=Nc_UOU2vA3c
(2)《アカデミーの代表的な画家カバネルのアトリエ》Emplacement de l'atelier de Cabanel, peintre académicien
アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823-1889) の名前は現代ではあまり知られていないが、19世紀後半の第2帝政時代および第3共和政時代には、フランス美術アカデミーの伝統を受け継いだ画家として、当時最も高く評価されていた一人であった。この家の中庭の樅の木の植込みの奥に1855年頃から1870年代半ばまでアトリエを構えていたという。
彼の名を一躍有名にしたのは1863年のサロンに出品した「ヴィーナスの誕生」(Naissance de Vénus)である。(下記リンク ↓ 参照) 神話の女神に題材を借りて煽情的な姿態を露わにした女性の姿は、大きなセンセーションを巻き起こした。
Cabanel : Cléopâtre essayant des poisons sur des condamnés à mort (1887) Musée royal des beaux-arts d'Anvers Wikimedia Commons |
ナポレオン3世は即座に国庫に買い上げた。同じ年にサロンに落選したエドゥアール・マネの「オランピア」(Olympia)は、実社会の風俗としての娼婦の横たわる裸像の赤裸々な表現に人々は嫌悪感を露わにした。いずれも美術史上の大きな事件であった。
カバネルの絵は、それを見る人々の感情をぎりぎりのところで節度を保たせる巧みさがあったと言えるかもしれない。右掲(→)の晩年64歳の作品「死刑囚に毒を試すクレオパトラ」(1887)にしても、頽廃と残酷さのどちらも感じさせない美しい歴史画であるのが何とも不思議に思う。彼は美術学校の教授としても非常に多くの若い画家たちを育てた。(LAI, PRR)
「ヴィーナスの誕生」Wikimedia Commons, Category:The Birth of Venus by Alexandre Cabanel
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:The_Birth_of_Venus_by_Alexandre_Cabanel