(c) Google Map Streetview 2, rue Moncey, 9e |
《モーパッサンの役人時代の住居》
(Demeure de Maupassant comme l'employé aux ministères)
角の向いの2番地の家に20歳になったばかりのギィ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant, 1850-1893) が住み始めた建物である。1870年の普仏戦争ではノルマンディの義勇兵として兵站部や砲兵隊に加わったが、プロシア軍との戦いに敗れて退役となった。当初の予定だった大学で法律を学ぶ機会も失い、パリで海軍省の事務官となった。モンセー通りの住居は1階の北向きの狭苦しいアパルトマンで、日本で言えば6畳間のワンルームだった。
彼が熱中して楽しんだことは、毎週土曜日にパリ西郊のセーヌ河畔での仲間たちとのボート遊び(canotage)と狩猟だった。そしてその活動で得た観照や着想をもとに短編小説を書き始めた。
彼は母の知人であった文豪フロベール(Gustave Flaubert, 1821-1880)の指導を受けながら作家修行を続けたが、1875年2月に24歳で最初の短編が雑誌に掲載された。
この頃から彼は、フロベールの家で日曜日に定期的に開かれる集まりに加わり、ゴンクール、ドーデ、ゾラ、トゥルゲーネフなどの作家たちとの交流を深めて行く。
翌1876年7月には、旧ブレダ地区のクローゼル通り17番地に引っ越すことになる。(LAI, PRR)
◇パリ蝸牛散歩内の関連記事:
9区サン=ジョルジュ地区( 7-3 )作家モーパッサンの旧居
☆クローゼル通り17番地 (17, rue Clauzel, 9e)
http://promescargot.blogspot.jp/2015/10/93-7-3-rue-clauzel-9e.html
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