パリの街角散歩です。カタツムリのようにゆっくりと迂回しながら、そして時間と空間をさまよいながら歩き回ります。


2016年1月25日月曜日

散歩R(18-2) 幻想画家レヴィ=デュルメのアトリエ L'emplacement de l'atelier de Lévy-Dhurmer, fantaisiste(9区サン=ジョルジュ地区)

☆ラ・ブリュイエール通り3番地 (3, rue La Bruyère, 9e)  
《幻想画家レヴィ=デュルメのアトリエ》L'emplacement de l'atelier de Lévy-Dhurmer, fantaisiste

(c)Lucien Lévy-Dhurmer : Portrait de Georges Rodenbach 
vers 1895 / Paris, Musée d'Orsay
Crédit Photo (C) RMN-Grand Palais / Hervé Lewandowski
1番地の隣、3番地の5階のアトリエを一時期借りていたのは幻想味あふれる個性的な画家リュシアン・レヴィ=デュルメ (Lucien Lévy-Dhurmer, 1865-1953) である。
14歳からパリ11区バスティーユ近くの公立学校でデッサンと絵画、彫刻を学んでいたが、抜きん出た才能を示し、在学中に多くの褒章を得ていた。1882年17歳でサロン(官展)に初入選した。

(c) Lucien Lévy-Dhurmer : Le Silence
Paris, musée d'Orsay,
conservé au musée du Louvre
Crédit Photo (C) RMN-Grand Palais
 / Hervé Lewandowski





学校を出てからは、経済的な事情で石版画の工房で働き、22歳から30歳までは南仏で陶工の仕事についた。しかしそこでも彼の才能は「ラスター彩」という陶磁器に金属性の彩色を施す技法の開発に発揮され、工房の長となった。この期間中も彼は絵画やパステル画の作品を描き続け、パリのサロンにも毎年のように出展した。
1895年、30歳で再びパリに戻ったが、この時にベルギー出身の詩人ジョルジュ・ロダンバック(Georges Rodenbach, 1855-1898)と出会い交友を深めた。翌年ロダンバックの勧めで絵画作品の個展を開催するとたちまち注目を浴び、以後象徴主義の文人ステファヌ・マラルメたちや画家ギュスターヴ・モローたちとの関係を築き上げることになる。

彼の画風は暗い青を基調とした星明りや黄昏、あるいは霧の中の背景での人物を描いたものが多く、静謐で幻想味を帯びたものが多い。(↑)上掲の『ジョルジュ・ロダンバックの肖像』も(←)左掲の『沈黙』も初期の傑作とされる。
(c) Lucien Lévy-Dhurmer : Beethoven
Paris, Petit Palais, musée des Beaux-Arts
de la Ville de Paris
Crédit Photo (C) RMN-Grand Palais
/ Agence Bulloz


 彼はまた彫刻や家具のデザインや装飾まで得意とする多才ぶりを示している。(→)右掲の『ベートーヴェン』は彼が何度も制作している作品の一つで紅殻画(サンギーヌ、sanguine)と呼ばれ、独特の印象を与える。彼はベートーヴェンの音楽を好んでいたらしく、「月光の曲」に触発された藍緑のほのかな月明かりに浮かび上がる女性の裸身を描いた有名な作品もある。

 彼は87歳という長寿だったので、1953年の没年から数えると国によっては著作権の残っているところもある。(LAI, Wiki)






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